■注
2002年10月8日・きのくに国際高等専修学校で3時間枠の授業を行ったあと、3年の生徒が来て、読んでくださいと言って小論文を持ってきました。読んでみると、野宿者問題の解決のためにワークシェアリングを日本に導入すべきだ、という内容のものでした。
彼女は2年前に学校の授業の一環で釜ヶ崎に行き、夜回りなどを経験し、それから日雇労働問題、野宿者問題に関心を持って調べ続け、解決策として「仕事を作る」こと、特にワークシェアリングの可能性を考えて、それを調べて最近まとめ上げたということでした。野宿者問題の現場の人間でさえワークシェアリングなどについてはあまり考えてないというのに、高校生がこういう事を考えて論文にまとめているのだから驚きます。そしてそれ以上に、ただ一度釜ヶ崎に行き、それから2年間、野宿者問題をどうすればいいのか考えつづけて論文を書いた、というそのことに感動しました。
去年、YMCAの3年の女子生徒が書いた英論文「Affluent Society」を思い出すところです。




■日本はワークシェアリングを導入するべきか                     土井 早谷香



始めに

 なぜ私がワークシェアリングのことをテーマにしたかを述べたい。ワークシェアリングとは仕事の分かち合いである。一人当たりの労働時間を短縮し、他の労働者と仕事を分かち合うというものだ。ヨーロッパでは1980年代後半以降普及してきた。私は高校一年の時から、ホームレスについて学んできた。ホームレスとは家がない人のこと、つまり野宿者のことである。実際に大阪市西成区のあいりん地区(通称釜ヶ崎)という野宿者が多い場所に行った。そこでボランティア活動を行っている人たち*1に話を聞いたり、一緒に毛布を配ったりした。そのときに思ったのは、自分はホームレスについて何も知らなかったということだった。
 いままで、ホームレスと聞いたら「汚い」「臭い」「恐い」「怠け者」「可哀相」とあまり良いイメージは持っていなかった。しかし実際に釜ヶ崎に行ってからは、それは変わった。ボランティアの人、ホームレスの人から話を聞いたり、現状を目で見たからだった。 ホームレスの人はなにも好きで野宿しているわけではない。(中にはそういう人もいるかもしれないが)路上で生活している人の多くは日雇い労働者、もしくは過去に日雇い労働の経験を持つ人がほとんどだろう。日雇い労働とは、定職を持たず、その日一日だけ契約して仕事をすることだ。仕事の内容は、道路・住宅・鉄道・ダム建設・ごみ処理・原子力発電所・災害復興等の公共工事を始め、マンション、ビルの建設等の民間工事に至る。だが、バブル最盛期の1989年には釜ヶ崎では年間日雇い労働求人数が過去最高の187万人を記録*2した。しかしながら、バブル経済崩壊後は急激に減少を続けている。そして景気の悪い近年、仕事が少ない。高齢者はクビを切られやすい。また、企業は労働災害などの理由で55歳以上の高齢者の雇用を控えるようになり、年齢制限を設けるようになった。高齢化の波はホームレスの人たちにも迫っており、こうした条件のため仕事に就きにくくなっている。
 このようにホームレスの人たちは働きたくても働けない状況である。働けないということは勿論お金がない。お金がないと家に住むことも、食べることでさえもできない。生活保護というものもあるが、ホームレスの人たちは住所がないので申請されにくいのだ。前に述べたように、野宿者は自ら野宿するのではない。社会情勢の中、野宿を余儀なくさせているのだ。
 こう思うようになって、私はどうしたらホームレスの人を減少することができるのか考えるようになった。そして出した答えは「仕事がないなら仕事を作ればいい」だった。そのためにはいまの不景気を打破するしかない。そこでヨーロッパの不況を回復させたワークシェアリングについて調べてみた。

第一章 ワークシェアリングの実態

失業率の増加
 いまの日本は景気が悪く、失業率*3も高い。2002年5月31日に総務省が発表した労働力調査によると、4月の完全失業率は5.2%だ。完全失業者の数は前年同月と比べて27万人増加し、375万人と13ヶ月連続で前年を上回っている。*4また、倒産や解雇等による離職者(非自発的失業者)の数は過去最高である。ここで失業という言葉を考えてみよう。 失業とは、働く意思・能力がありながらも就業機会の得られていない状態を指す。また、失業の原因として、自発的失業と非自発的失業*5の二つがある。前者は、自分又は家族の都合で前の仕事を辞めたために仕事を探し始めること。
後者は勤め先や事業の都合(人員整理、事業不振、定年等)で前の仕事を辞めたために仕事を探し始めることをいう。形態としては次の三つに分けられる。

*摩擦的失業…労働者の地域間移動・転職・労働市場への参入(例、新卒者)など労働状態の変更にともなう失業であり、一般的に短期かつ自発的である。
*構造的失業…労働需給のミスマッチにより発生する失業である。例えば斜陽産業(時勢の変化で下降気味な産業)の労働者が失職し、再訓練を受けないと次の職が得られない場合に発生する失業。
*循環的失業…景気環境に応じて発生する失業で、非自発的失業と自発的失業を含む。例えば、好況期に求職のため離職する労働者は自発的労働者であり、不況期に雇用調整を受けて失職した労働者は非自発的失業者である。
 このような日本の失業率の高さは、年功序列・終身雇用制度(企業が従業員の入社から定年までの長期間について、雇用する制度)が背景にあった。企業は社内の余剰労働力を排除せず、窓際族などの名称で働く意欲のない人を社内留保してきたからである。

注目のワークシェアリング

 失業率増加に対する対策の一つとしてワークシェアリング(以下WS)が注目を浴びている。WSとは「仕事の分かち合い」のことで、一人当たりの労働時間を短縮し、他の労働者と仕事を分かち合うものだ。これにより雇用増加を図り、失業の削減を狙っている。 WSはこれまで主にヨーロッパで普及してきた方策である。世界の労働組合は、フルタイム労働時間の短縮(時短)によるWSの促進には合意している。ここで各国の取組みを紹介しよう。

ドイツ→雇用を維持するために労働時間と賃金を一時的に削減する方法を取った。1994年フォルクスワ−ゲン社は時間短縮と賃下げを行い、社内に在籍する全従業員10万人のうち余剰となった従業員3万人の解雇を回避した。

フランス→1998年に週39時間だった労働時間を39時間へ短縮する法律ができた。これは政府が企業に対して労働時間の短縮を強制する方法で、従業員を新規に雇用する企業は社会保険費の負担を軽減するなどの雇用奨励策とセットにして、雇用の創出を図っている。

オランダ→1980年代に政府・労働組合・経営者団体の三者間で、雇用維持・賃金抑制・労働時間の短縮について合意がなされた。次いでパートタイム勤務者に対してフルタイム勤務者とほぼ同様の処遇条件を保障することによって人々に多様な勤務体系の可能性が提示された。これに伴い、女性を中心にパートタイム労働者が増加して、かつて10%以上あった失業率は徐々に低下し、1999年には3%、2000年には2%台へ低下しており、構造的失業を克服するに至っている。

 ドイツでは2000年4月に政労使の三者間で早期退職制度の促進が合意された。高齢者に早期退職を促し、若者の雇用を促進する考え方である。ただし、現在オランダでは企業負担が増大しすぎるとして企業側には人気がない。もう一つ同世代の仕事の分かち合いとして「時短」があるが、時短ではWSによる雇用の増大効果は必ずしも大きな成果を挙げているとは言えない。
 このようにWSを導入した国では、多少の問題はあるものの、失業率の低下に効果を上げていると考えられる。

第二章 日本でのワークシェアリング

 日本でも政府が唱える規制緩和や雇用創出策よりもWSが注目を浴びている。「労働時間をドイツ並みに短縮すれば600万人の雇用が可能。」「日本の失業問題の大半は残業をなくすだけで解決する。」「日本では1970〜1980年代、超過労働時間やボーナスを削減して雇用を守り、WSの思想を実践していた。」などの声が挙げられた。
最初に提起したのは、使用者側の日本経営者団体連合である。2000年1月、雇用維持と賃金抑制を両立する観点から、WSを導入すべきと発表した。けれども、各産業労連や企業労組からは条件付き容認、反対などの意見が錯綜した。WS導入は各企業の経営状態によって温度差がでているのが実状である。
 各国のWSのうちめざましい成果を上げたのが、オランダである。しかし、オランダのようなWSシステムを日本で行うのは無理である。オランダでのWSの最大の特徴はフルタイム社員(いわゆる正社員)とパートタイム社員との労働シェアにある。しかし、日本におけるWS導入の最大の狙いは正社員間での労働シェア、つまり正規雇用の維持が主目的であって、パートタイム労働者の処遇改善などによる雇用創出の考えはないからである。
 ほかにも問題はある。まず労働時間でなく、達成した仕事の成果で賃金が決定される能力給が定着してる職場、企業では労働時間の短縮による一律的な賃金カットが不可能である。このほか日本企業に多くみられる手当てを伴わない残業、いわゆるサービス残業も問題になってくるだろう。
 そんな中、2002年3月29日WSの基本的な考え方について政府・日本労働組合連合・日本経営者団体連合の三者間で話し合いがなされた。そこで検討されたWSのタイプは「多様就業型」と「緊急対応型」の二つだ。ここではその二つのタイプを紹介しよう。

多様就業型WS
 少子化・高齢化の進展や経済・産業構造の変化に対応するものである。働き方を多様化し、女性や高齢者を始めとして、より多くの労働者に雇用の機会を与える目的で実施される。現在の労働者と潜在的な労働者との間などで仕事を分かち合い、いわば社会全体で雇用機会を創出することを目的としている。勤務時間や日数の弾力化、フルタイムのパートタイム化などの手法が取られる。
 これにより、国民の価値観の多様化や仕事と家庭・余暇との両立などのニーズに対応し、働き方やライフスタイルを見直すことができる。ほかにも経済のグローバル化、産業構造の変化等に対応し、企業による多様な雇用形態の活用を容易にすることにより、経営効率の向上を図ることができる。

緊急対応型WS
 深刻化している雇用情勢に対応しようというものである。一時的な景況の悪化を乗り越えるため、緊急避難措置として従業員一人当たりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する目的で実施される。現在雇用されている従業員間での仕事の分かち合いになる。
 今後二〜三年程度の間に、当面の緊急的な措置として行うものであり、失業者の発生をできるだけ抑制することを目的としている。

実施を受けて

 上記にあるようにWSについて政労使間で合意がなされたが、今年の6月17日の毎日新聞によると実態は現状の論点整理にとどまっているという。
 「緊急対応型では一ヶ月遅れで、実施企業に100万円(従業員300超の場合)を支給するなどの支援策が講じられた。しかし、既存の制度を転用した『中途半端な施策』と労使ともに評判は芳しくない。多様就業型に至っては、いつまでに結論を得るというものでは無いという状況だ。」

終わりに 私の考える雇用の在り方

 私はいま働いているわけではない。WSについて研究したり、専門的な知識を持っているわけでもいない。が、一人の市民として言いたい。私は国や企業に対し、性別・年齢などに関わらず、働く意思のある人は誰でも働ける環境、雇用制度を望む。
 その一つがWSの導入かも知れない。それにより女性はより社会に進出しやすくなるだろう。男性も家庭で過ごす時間が多くなり、従来の「女性は家事・育児」「男性は外で仕事」といったステレオタイプの家族の在り方を見つめ直す機会にもなるだろう。また雇用の機会を増やすとともに、多様なライフスタイルを可能にするだろう。
そしてなにより、働きたくても仕事がないと言っていた野宿者の人たちも仕事ができるようになるはずだ。
 また、7月31日には「ホームレス自立支援法」が可決された。これはホームレス(野宿)状態にある人たちに安定した住居と就労機会を提供・確保し、生活相談などの自立につながる総合的な対策を実施することを国や地方自治体の責務として、彼らの社会復帰を促すのが目的の法律だ。ホームレス自立支援のための初の法律なのでうまくいけばいいと思う。
 そしてWSが導入されていまの不景気や野宿者の状況が少しでも改善されたら嬉しい。


1)木曜夜まわりの会…毎週木曜日の夜に釜ヶ崎内をまわり、野宿者を支援している団体。
2)資料出所 財団法人西成労働福祉センタ−
3)失業率…完全失業率と雇用失業率がある。完全失業率は労働力人口(15才以上の就業者と完全失業者の合計)に占める完全失業者の割合をいう。就業者とは月末一週間に少しでも仕事をした人、完全失業者とは仕事がなく、仕事を探していた人で、仕事があればすぐに就ける人。雇用失業率は労働力人口から自営業主や無給の家族従業者を除いた就業者数に完全失業者数を加えた合計に占める完全失業者数の割合。
4)資料出所 総務省統計局「労働力調査」5)非自発的失業者…勤め先や事業の都合(人員整理、事業不振、定年等)で前の仕事を辞めたために仕事を探し始めた人。ちなみに自発的失業者は、自分又は家族の都合で前の仕事を辞めたために仕事を探し始めた人をいう。







参考文献・資料
長坂寿久 『ワークシェアリングは可能か』2000年 文芸春秋
竹中平蔵 『構造改革が目指す社会とは』2001年 文芸春秋
西村清彦 『はたして大失業社会がくるか』2001年 文芸春秋
竹信三恵子 『ワークシェアリングの実像』    年 岩波書店
宮下忠子 『路上に生きる命の群』1999年 随想舎
『時の動き 7月号』2002年 財務省印刷局
『知恵蔵2002』 2001年 朝日新聞社
『imidas02』2001年 集英社

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