3・国家・市場・家族の失敗


近代国家の広義の福祉のあり方は、「資本=市場」「国家=行政」「家族=共同体」の三つによって規定されることがある(エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』、柄谷行人『トランスクリティーク』など)。
つまり、「市場=資本」は経済的競争による収益(賃金)によって、「国家=行政」は税の再分配によって、「家族」は血族間の相互扶助によって人々の生活を保障する。
そして、この「市場」「国家」「家族」は補完し合う。言い換えれば、それら一つ一つでは不完全なので、相互の補完が必要なのだ。例えば、介護保険は高齢者介護というそれまで「家族」によって担われてきた生活保障を、「国家」と「市場」(介護サービス事業者)の介入によって補完するものと考えることができる(すでに定着した例で言えば、公立・私立の「保育所」がある)。
しかし、この「市場」「国家」「家族」がすべて失敗する場合がありうる。その事態をベン図を使って表してみよう。
ここで、三つの円を「国家・行政」の失敗、「資本・市場」の失敗、「家族」の失敗(あるいは変容)と考える。いわば、それぞれの円は「健康で文化的な最低限度の生活」にあいた「穴」である。すると、次の図が得られる。





「Y」つまり三つの円の外は、仕事があり、行政による生活保障が機能し、家族の相互扶助が働いている状態である。
「X」つまり三つの失敗(変容)の重なった領域は、失業し、行政から放置され、家族の扶助を望めない状態である。野宿者のほとんどはこの状態にある。
(野宿者の他に、バブル期でも「X」にあてはまる人々がいた。外国人労働者である。外国人労働者は、「国家」(外国人であるために)・「家族」(出稼ぎであるために)・「市場」(過酷な中間搾取・ピンハネのために)のどれについても生活保障を受けることができなかった)。
 では、「A」はどのような状態だろうか。これは、家族や地域共同体の相互扶助は機能しているが、「国家の失敗」と「市場の失敗」が重なっている状態である。実例として、ここには「沖縄」があてはまる。
 「B」は、市場での生活の保障はあるが、「国家の失敗」と「家族の失敗」が重なっている場合である。つまり、経済は好調で失業率は低いが、「国家」による生活保障は手薄で、家族による相互扶助もあまり機能していない場合である。具体的には、90年代以降のアメリカが近い。
 「C」は、国家による再分配は機能しているが、経済は低調で、家族の相互扶助もあまり機能していない状態である。北欧の幾つかの国家があてはまるだろう。

 こうした「市場・国家・家族」の「失敗=変容」はもちろん時とともに変化する。1960〜80年代の日本では、国家による福祉政策は手薄だったが、国際的に異例なほどの低失業率と、家族の相互扶助の充実(実はそのいずれも「専業主婦」の存在を前提としていた)によって、野宿者問題はマイナーな問題にとどまっていた。ただ、「失業」にさらされやすく、「家族」からも切り離され、「国家」からも放置されてきた寄せ場の日雇労働者だけが、常に野宿に至る危険と隣り合わせの状態にあった。当時の野宿者のほとんどすべてが日雇労働者だったのはこのためである。

図1




しかし、90年代以降の日本はさらに「規制緩和」「小さな政府」へ急激に傾き、しかも労働市場の変容(産業構造の転換による失業者の増大、失業の長期化、不安定雇用の増大)と家族像の変容に見舞われた。その結果、「図2」のような変化が現れた。

図2


このように、そもそも大きく空いていた「国家=行政の失敗」に加えて、「市場の失敗」と「家族の失敗」の「穴」が拡がった(さらに、公営住宅の縮小、仕事と一体だった「寮・社宅」の減少、最後の受け皿でもあった「寄せ場」の機能低下などの要因が加わる)。そして、雇用と家族の安定が失われたとき、生活保障を行なう国家が前面に出るべきであるのに、日本はむしろ「規制緩和」「小さな政府」の方向へ急激に傾いた。事実、「所得再分配」を担う所得税の最高税率は1986年の70%から現在の37%へ、そして社会保障費の国庫負担は20年間で約29%から19%へと激減した(そんな国は先進国では日本だけだと言われる)。このため、従来は小さかった領域「X」が図2に見られるように拡大し、その結果として貧困が、したがって野宿者が増加し始めた。

現状の日本は、行政によるセーフティネットの削減、そして市場による「細切れで低賃金な雇用形態」の増大によって生じている生活不安を「家族」が無理に担い続けている状況だと言えるだろう。例えば、全国の「親と同居の若年未婚者(20−34 歳)」数は、1980年には 817 万人で20−34 歳人口の29.5%だったが、1990年は1040万人で41.7%、2000年は1201万人で44.0% と増加し続け、2012 年に 48.9%、2015 年に 46.5%、2016 年に 45.8%と推移している。また、「親と同居の壮年未婚者(35−44 歳)」数は、1980年には 39 万人で35−44 歳人口の2.2%だったが、1990年は112万人で5.7%、2000年は159万人で10.0%と増え続け、2010 年に 295 万人で 16.1%と急増、2015 年は 308 万人で 17.0%と、実数及び割合ともにピークに達した。ここでは、こどもの世代の貧困を「親との同居」という形でカバーしている可能性が高い。しかし、それは明らかな過剰負担であり、今や日本の家族は悲鳴をあげている状態と言えるだろう。そして、親という「貧困に対する唯一の防御策」はいつかは失われる。

ここから考えられる対抗策は何だろうか。当然、行政による生活保障(セーフティネット)の回復、そして「細切れで低賃金な不安定雇用」をある程度「中長期的でまともな賃金の雇用」形態に作り替えていくことである。そして、それと同時に「市場・国家・家族」ではない、特に「家族」とは別の開かれた「人と人とが支えあう関係」を作り上げることだと思われる。


4・「自立」って…)