橋下市政で釜ヶ崎はどうなる?
生田武志

 野宿者の数は、貧困の一つの指標と言えます。野宿とは「家がない」という究極の貧困状態の一つなので、そこから貧困問題の深刻さの一端がうかがえます。
 「年越し派遣村」後、「稼働年齢層でも困窮していれば生活保護を受けられる」という厚生労働省の通達があり、それ以降、野宿者の数は全国で減り続けました。野宿者ネットワークは天王寺、心斎橋、日本橋など大阪市南部の繁華街で野宿者を訪ねる「夜まわり」活動を10数年行なっていますが、この5年で野宿者の数は半分以下になっています(5年前の4月で223人、今年の4月で95人)。そして、全国の野宿者数について、厚生労働省が「今年1月で9576人」と発表しました。実数はこうした調査のだいたい1.5倍と考えられるので、全国で1万5000人ぐらいと考えられます。しかし、いま野宿している人の多くは、「統合失調や鬱などでアパートに入る手続きすら難しい」「家族とトラブルがあり、生活保護での扶養照会が難しい」「何度も生活保護を受けているが、さまざまな理由でアパートを維持できない」などの問題を抱えています。また、「生活保護を受けるより、空き缶やダンボールを集めて自力で生きていきたい」という人も依然として多くいます。
 そんな中、2012年1月、大阪市の橋下徹市長が西成区を「直轄区」とする案を公表しました。市長は「西成を変えることが大阪を変える第一歩」「僕が市長兼西成区長を務めて、特区を引っ張る」「西成区については、お金と人を使って、とことん政治の力を注入しないと街なんて簡単には変わらない」と発言しています。その後西成区の一部地域で、大阪府外から転入するすべての子育て世帯の市民税などを一定期間ゼロにして優遇する、西成区の公立中6校で就学援助が必要な生徒を対象に学習塾などで使える月額1万円のクーポン券を配布する、などの案を出しています。また、釜ヶ崎にある「大阪社会医療センター」について、「利用者の多くが生活保護を受けており、日雇労働者への施策という当初の意義が薄れていることから、診療所機能のみとする」と、入院病棟の廃止を計画しています。
 そして、西成署は「橋下徹市長が子育て世代の呼び込みを念頭に西成特区構想を打ち出したこともあり、同署は「違法露店ゼロ」を掲げて、パトロールを一層強化している」(産経新聞4月12日)として、警告や逮捕を繰り返し、露店の数は昨年7月の約130軒から10〜20軒にまで激減したとされています。昨年2月、道路沿いに機動隊員を並べ、物理的に出店を遮る「実力行使」による露店の排除も行なっています。
 「大阪社会医療センター」の病棟は重症患者が入院する事が多く、地域の患者の実態に詳しい病院の持つ意義は、他にないものでした。また、露店は仕事を失った日雇労働者が多く従事しており、問答無用の「露店排除」は、そうした人々の生活をおびやかしています。
 大阪市教育委員会は「あいりん地区周辺の市立小3校を統合し、2015年度に小中一貫校を開校する方針」を出しました。統合するのは、児童数が減少している萩之茶屋、弘治、今宮の市立小3校で、近くの今宮中の敷地約2万平方メートルに約10億円かけて新校舎を建て、小中一貫校として運営するというものです。市内全域から通学可能で、私学の進学校並みの教育内容を実施する「スーパー校」で、子育て世代を呼び込む起爆剤として、橋下徹市長が掲げる「西成特区構想」の「目玉事業にしたい」としています。橋下市長は「学力向上を目指し、私立と同等かそれ以上の教育を受けられるスーパー校にしたい」としており、7月の本格予算案に関連予算を計上するようです。3月末に大阪市の(西成特区構想担当)特別顧問に就任した鈴木亘・学習院大学経済学部教授は、灘高校のようなトップ進学校の分校設置などによる高レベル教育の提供を提唱し、治安対策を強化し、子育て世代にとって魅力あるハード、ソフトを整備すべきだとしています。
 こうした対策は、釜ヶ崎のこどもたちにとって意味があるものなのでしょうか。実は、橋下市長の意向により、大阪市の「こどもの家事業」が廃止の予定になり、それによって、釜ヶ崎のこどもたちを数十年にわたって支え続けてきた「こどもの里」「山王こどもセンター」が存続に関わる事態に至っています。
 釜ヶ崎キリスト教協友会を構成する施設の一つ、「山王こどもセンター」は、西成区山王で1964年に始まり、保育所として活動した後、自主運営で学童保育を続け、1996年から社会福祉法人となり大阪市の「子どもの家事業」(児童館)を行なっています。「こどもの家事業」は、大阪市が学童保育に代わる事業として力を入れたもので、1989年度に始まり、現在市内に28カ所あります。大阪市によれば「地域の社会福祉協議会や社会福祉法人など地域の方々にかかわっていただき、子どもたちに遊び場を与え、地域における子どもの活動の拠点としての役割をもちながら、放課後等における児童の健全育成を図ることを目的として、その経費を補助する」とされ、幅広い年齢層の子どもたちや障害児が来ることができる事業として位置づけられています。かつて大阪市が自信を持って推進した事業で、「山王こどもセンター」は大阪市から「法人を取って『こどもの家事業』をやってください」と勧められたという経緯がありました。
 「山王こどもセンター」の職員は三人で、保護者からもらうのはおやつ代や外出時の交通費などの実費程度で、大阪市からの「こどもの家事業」としての年数百万円の補助金やバザーの収益で運営しています。ここに来る子どもたちの多くは、以前からいろいろな家庭の事情を抱えていました。以前いた子どもの例では、お母さんが飛田遊郭のセックスワーカーだったり、家が遊郭だったり、あるいはお母さんが覚醒剤の売人で子どもが顧客リストを持たされていたり、母子家庭でお母さんが時々家に帰ってこなくてお金がない家で子どもが暮らしていたり、などです。6畳の部屋に親子4人(子どもがいる再婚どうし)が生活し、毎日のように夫婦げんかしている、という家もあります。当然、そういう環境では、子どもは勉強したくてもできません。そこで、20年前から「山王こどもセンター」では毎週一日、夜に「べんきょう会」というプログラムを作って子どもたちが勉強できる場を作っていました。また、不登校の子どもや、アルバイトなどで働く高校生たちも来ていますが、その子たちが過ごしたり、生活や家族の問題の相談をすることができる「居場所」としての役割も果たしています。かつて通っていたこどもは大きくなっていきましたが、中には犯罪で逮捕された子もいます。そういうことがあると、山王こどもセンターの施設長が裁判の傍聴に行ったり、身元引受人になるなどしてかかわりを続けています。
 しかし、「こどもの家事業」に対する市の補助金は、橋下市長の意向によりいきなり廃止の予定となりました。2012年度の7月までは暫定的に予算がつきましたが、8月以降は未定で、来年度は「期待しないでください」と言われています。
 「こどもの家事業」に対する予算がカットされれば、「山王こどもセンター」は経済的に存続にかかわる事態に陥ります。また、やはり釜ヶ崎キリスト教協友会の一つである「こどもの里」も、この「こどもの家事業」を行なっています。市長は「西成特区構想」で「地域による子育て支援」を謳いながら、地元でこどもたちを支え続けた施設をつぶしにかかるつもりなのでしょうか。
 橋下市長はかつて飛田新地料理組合の顧問弁護士でした。山王こどもセンターは飛田新地料理組合から歩いて1分以内のところにあります。市長は、「西成特区構想」を語る前に、山王こどもセンターをはじめ、釜ヶ崎の人々やこどもたちを数十年の間支え続けてきた活動を学ぶ必要があったはずなのです。

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